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ぼやきの酔狂がぼやきまくる!
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とうとう…

2012/04/29 13:26
 今年から新たに行くことになった仕事場のひとつが六甲にある。

 神戸市灘区。六甲山の麓。阪急六甲駅から徒歩三分。

 夕方五時からの仕事。来月からはその前にうちの近所の大学での仕事が入ってくる。それが終わるのが午後三時。

 で、悩んだ。電車で行くべきか、車で行くべきか…。


 一回目の仕事はためしに電車で行ってみた。

 各停しか停まらない駅のせいもあるが、片道一時間半かかった。

 体の疲れ方から考えて、この上に大学の授業が重なるとなると、車の方が楽そうである。

 何より、帰りに阪神戦をカーラジオで聞きながら帰ってこられる。


 ネットで地図を確認してみたが、高速道路の降り口とその先の国道のつながり方が今一つはっきりしない。
 なにやらごちゃごちゃしている。
 頭の中にルートのイメージができない。

 仕方がないので、携帯のアプリにあった簡易ナヴィの会員になって、携帯にナヴィしてもらうことにした。


 使ってみたら、これがとんでもない役立たずで、高速を降りてからポートアイランドまで連れて行かれてしまった。


 「マモナク、左方向デス」

…まもなくって、いつや?と思う間もなく、

 「ルートヲ外レマシタ。リルートシマス」

…えっ!曲がれとは言わんかったぞ?

 「マモナク出口デス」

…せやから、どの出口やねん。出口までの距離を言えよ。

 「ルートヲ外レマシタ。リルートシマス」

 この調子で結局六甲を遠く行き過ぎて、ポーアイまで…。


 頭にきたので、帰ってからすぐに会員を退会し、ちゃんとしたカーナヴィを買うことを検討した。


 インダッシュ型のやつはだめである。盗まれやすい。うちの近所でもガラスを割ってカーナヴィだけを盗まれた事件が頻発している。
 なにせ、こちとらは車ごと盗まれた経験がある。カーナヴィのせいでガラスを割られたりしては被害甚大。


 ネットでじっくり性能を確認して、先日すぐ目の前のカー用品店に自転車で行って買ってきた。
 カー用品店に自転車で来る客も少ないだろうな…。

 店員さんの「もうこれ以上は…」をいつものように「それは重々承知やがな。で、ナンボにすんねんな」で、大勉強してもらい、車速パルスを入力できる電源も取り付けた。

 吸盤でダッシュボードに張り付けるポータブル型である。これなら使う時だけ取り付けられる。


 先週、早速使ってみたが、随分お利口さんである。

 とうとう余もカーナヴィのお世話になることになってしまった。

 ヤキが回ったか…。
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どっち?

2012/04/23 09:23
 今年から一か所増えた仕事先に行くために、京阪に乗っている。

 淀屋橋から特急に乗って三条まで約50分。

 関西は私鉄王国と言われるが、確かに余もJRを使うことがない。

 さて、京阪の特急だが、「特急」という割には停車駅が多い。

 淀屋橋を出ると、北浜、天満橋、京橋と各駅に停まり、京橋の次が枚方市、樟葉、中書島、丹波橋、七条、祇園四条、で、三条である。

 今は七条から終点の出町柳までが地下駅になっているが、三十五年ほど前、鴨川のほとりを走っていたころは、停車駅も少なかったように思う。


 この路線を使う日は、最寄駅からまず泉北高速鉄道に乗り(恐らく日本一高額な運賃)、難波で地下鉄御堂筋線に乗り換えて淀屋橋で京阪に乗り換える。

 三条までだいたい二時間の道のりである。

 乗り物好きにはたまらん一日ではあるが…飽きる!

 ところで、南海、阪急、京阪、地下鉄と乗り比べてみると、妙なことに気づいた。

 電車が駅を出発する。ドアが閉まる時にアナウンスが流れる。

 南海(泉北高速)は「ドアが閉まります。ドアにご注意ください」

 京阪は「扉を閉めます。扉にご注意ください」


 「閉まる」は自動詞、「閉める」は他動詞である。

 ドアを閉めているのは車掌さんであって、ドアが勝手に閉まるわけではない。

 しかし、乗客にとっては自分の都合に合わせて閉められるものではないので、あたかも勝手に「閉まる」感じである。

 この表現では、もし、ドアに挟まったら挟まった方に責任があるように思われる。車掌さんが責任を放棄しているようにもとれる。

 一方、「閉めます」の方は、車掌さんの意思で「閉める」と宣言しているわけで、挟まったら車掌さんの責任だと言われても仕方がない。

 どっちでもいいことだが、変に気になる。気になり始めると、ますます聞き耳をたててしまう…。

 
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やっと春

2012/04/08 09:14
 一昨日、恒例の「蕎麦食い」に出石まで行ってきた。

 例年より少し遅い日程なので桜が咲いているかと思ったが、なんと気温が六度!おまけに雨が降ったり止んだり…。桜は当然まだまだ。

 舞鶴若狭道は山の中を通っているが、両側の山並みには桜の木が多い。あれが満開なら凄い風景だろうなあ。

 なぜ、この時期に出石か?

 蕎麦を食いに行った後、仕事が増えるなど、「いいこと」があるからである。


 今年は仕事が増えそうもないが、北の方が嫌がっていた人事異動がなくなったのが「いいこと」かもしれない。


 うちの近所もようやく桜が満開になった。レンギョウも雪柳も満開である。

 昨日は散髪にも行って、気合も入った。

 いよいよ、今週から開幕である。
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新たな

2012/04/04 08:21
 現在、オープン戦中。それも今日で終わって、一週間のオフのあと、いよいよシーズンイン。

 昨日はえらい風で、京都から梅田に帰ってきたら、なんと地下鉄御堂筋線が「強風のため、全線で運休中」だと。

 「ふざけんな、お前、地下鉄ちゃうんか!」

 と、御堂筋線に毒づきながら、仕方がないので四つ橋線で難波へ。おかげで帰宅が40分遅れた。


 余の新たなシーズンは毎年のことだが、我が家にはまったく新しい生活に入る家族がいる。


 馬鹿娘が無事大学を卒業して、就職した。

 たいした大学を出たわけではないので、当然就職先もたいした企業ではないのだが、それでもこのご時世なので、就職できただけでも御の字である。

 昨日から二つ先の駅にある出店で研修に入った。この出店が駅からえらく遠くて、バスも通っていないから歩くしかないのだが、余が歩いてもニ十分はかかる。

 娘は昨日帰宅してからげっそりしていた。

 ひそかに、「がんばれ」と寝顔につぶやいた。
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ガス抜き

2012/03/20 15:19
 先月、大阪の地下鉄梅田駅で火事があった。

 原因は、煙草の火の不始末。

 続いて、地下鉄の運転手が乗務中に一服したのがばれた。



 だいぶ前の話だが、大阪府庁が庁舎内全面禁煙にしたら、目の前の大阪城公園に大勢の職員がやってきて煙草を吸っていると問題になった。見栄えが悪いし、さぼっているようにも見える。


 けしからんよな〜。じつにもってけしからんよな〜。

 ところで、

 未成年は喫煙したらいかんのである。

 法律で決まっている。

 しかし、こそこそと吸う。

 おおっぴらに吸殻を始末できないので、「所定の場所」に隠す。

 たまたま消えきってないのがあって、出火する。


 さらに、ところで、

 人込みで喫煙したらいかんのである。

 法律で決まっている。

 しかし、未成年と違って大人は吸う権利も有している。なにせ、身銭である。

 吸うな、といっても、吸う奴は吸う。

 いつ、いかなるときも吸ってはいかんという法律はない。

 でも、会社や職場は全面的に禁煙である。

 で、こそこそと吸う。

 おおっぴらに吸殻を始末できないので「所定の場所」に隠す。

 たまたま消えきっていないのがあって、出火する…。


 ガス抜きの場所さえあれば、こんな格好の悪いこと、起こらへんのとちゃうん?

 「ここやったら、ええで」という場所を設けていて、それでもそこではなく、別の場所で吸う奴には厳罰を下せばよい。


 締め上げるだけの規制はファッショと同じ。

 嗜好の違う人間を攻撃するだけの人間は、アドルフの仲間。

 罪もない人間に「罪」をしでかすように社会全体が仕向けているように思えてならない。
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階級は?

2012/03/10 17:15
 士官学校を卒業して、前線に配属される人は尉官からスタートしてやがては将官になる。

 戦略・戦術を歴史の例から学び、熟知している。

 しかし、だからといって実戦において有能な人ばかりかというと、そうとも限らない。

 まずい作戦のせいで、一個大隊が全滅、などというのは、先の大戦における旧日本軍を例にあげるまでもなく、いつの戦争でもあったことである。



 華々しい学歴もなく入隊した人は、志願したにせよ、徴用されたにせよ、二等兵から一階級ずつ兵長、伍長、軍曹…と昇進してゆく。まれに功績が認められて尉官になれる人もいるが、少尉になれればかなりな出世である。

 しかし、実際に作戦行動を行っているのは彼ら下士官である。

 現在の米軍でも大尉クラスなら、中隊長ということになろうが、実際にヘルメットを被り、ライフルを抱えて前線で敵と対峙する。

 将官たちは何千キロも離れた本国にいて、エアコンの効いた部屋で、前線にモニター越しに指示を与える。



 自分の来し方と現在を考えると、余は軍曹どまりの人間である。


 あのまま、会社組織のなかにいたなら、ほぼ間違いなく中佐クラスにはなっていただろう。
 現場から離れ、組織を運営することだけを考えていれば給料がもらえる立場になっていただろう。
 しかし、そうして現場から離れて立案した作戦は往々にして現場の空気との間に齟齬をきたすものである。

 志願兵からの叩き上げで将官にまで成り上がった者でも、現場から離れることを「楽だ」と思ってしまうようではそれこそ作戦に血が通わない。

 「一将成って万骨枯る」を地でいくことにもなりかねないが、そういう例は嫌というほど見てきた。

 作戦に口出しすると、「そういうことは、私と同じ立場に並んでから言え」と言い放つ大佐もいた。

 
 やはり現場が好きなのである。だから映画を観ていても「コンバット」のサンダースや「プライベート・ライアン」のホーヴァスに肩入れしてしまう。

 今は組織を離れて、傭兵の身分だけれども…。
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いらち

2012/03/07 14:23
 「せっかち」というような意味の大阪弁であるが、単にせっかちというのとも違うニュアンスである。

 いわく形容しがたいが、標準語の「せっかち」に幾分かの(多分の?)凶暴性を帯びるというか…。

 ちなみにイントネーションは「中高型」である。英語のBananaと同じ。


 大阪人は多かれ少なかれ、「いらち」であるが、余の場合は「滅法」付きのいらちである。

 待ち合わせで10分以上、人を待つということが少ない。(もし、待っていられれば、それはその日、かなり機嫌がよいということ)

 エスカレータでは、上りも下りも必ず歩く。

 行列が死ぬほど嫌い。

 歩いていて自分より歩くのが速い人がいたら、必ず追い越す。

 駅の自動改札機の前まで来て、切符を探す人が大嫌い。

 「とりあえずビール」と注文してから5分以上待たせる居酒屋には二度と行かない。

 ETCのゲートはもっと早く開いてほしい。

 青信号に変わってから3秒以上、ブレーキペダルから足を離さない人がいるのが信じられない。

 外食店で、メニューを決めあぐねる人が嫌。

 カバンに手袋をしまい、マスクを掛け、ピタパを取り出して尻ポケットに入れる、というのを前を向いて歩きながらやる。

 ラッシュ時の地下鉄御堂筋線の車両を降りてから南海難波駅入構まで5分以内ということを生きがいにしている。


 以上のうち、三つ以上当てはまった方は、余の仲間である。


 なぜ、そんなに急ぐのか、急ぐ必要なんかあるのか、と問われれば、「ない」という答えになるが、
 これは性分であるから直せないし、直す気もない。


 先日の免許更新で、まる二十二年間無事故・無違反ということになったと付け加えておこう。

 

 
 
 
 

 
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戸棚の奥

2012/03/01 10:12
 朝、目を覚ますと、まだ薄暗い。

 秋なのだろう、ぼんやりとした光が安アパートの窓に差し込もうとしている。

 部屋の中はまだ暗い。


 今日も来るかな…。

 
 突然、目の前をきらきら光る小さなものが横切る。

 よく目を凝らすと、それは小さな七色仮面だ。

 彼はマントをはためかせて天井の方へ。

 天井にはポパイが逆さまにぶらさがって、ホウレンソウを食べている。

 寝ている布団の上を猫のフェリックス君が走り回る。



 ふと窓の方へ眼をやると、煤けた障子の桟にピエロが腰かけている。

 赤と白のだんだら模様の服を着て、とんがり帽子をかぶっている。

 先のとがった靴には小さな鈴が付いていて、ときどき「ちりーん」と音がする。

 首を少し傾げてじっとこっちを見ている。


 こわい。


 そっと隣に寝ている母を揺り起こす。


 ―どうしたの?まだ朝とちがうよ。

 ―あのな、あそこにピエロが座ってる。

 ―え?どこに?


 あそこ、と指差した障子の桟にはもう誰もいない。

 ―誰もいてへんよ。怖い夢見たね。もう少し寝てなさい…。

 母は布団を掛け直してくれる。


 しばらく目を閉じるが、眠れない。

 目を開けて障子の方を見るが、やはり誰もいない。

 すると、「ちりーん」と鈴の音がして、

 ―しゃべったね、おとなにしゃべったね

 と声がした。


 それ以来、彼らの姿を見ていない。



 大人の心の戸棚の奥深くには、こどもの国の住人が
 埃まみれになって仕舞いこまれている。

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雲行き

2012/02/26 15:56
 四月から、ある人の紹介で京都のある女子高の校内予備校に出講することになった。


 これが週一回、一時間半弱の仕事。

 で、往復に四時間半かかる。非効率甚だしい。

 古い知り合いも参加しているので、スタッフ的にはやりにくさはないだろうが、どうも、ガッコの先生と職員室が昔から苦手である。


 先週、打ち合わせに行ってきたのだが、なんとも言えぬ雰囲気である。

 もともと名門だったらしいのだが、今や、驚くなかれ、一学年五十人しかいないのだというではないか。

 それでいて、職員室にはざっと見ただけで二、三十人の職員がいる。

 パソコンに漢文の問題画面を表示したまま、居眠りしている年配の人がいたのには驚いた。

 弱小の塾なら倒産している。

 教える予定の生徒はたったの五人。


 あまりに脱力したので、ブローカーに断りたいと申し入れたが、「今更それは勘弁してくれ」とはねつけられた。

 ま、そりゃそうだ。


 またブローカーが変に力んでいて、「連携を強くとってほしい」とか、「始まる前に一度スタッフ全員で会食を」とか言ってくる。

 これがまたストレスである。(結局、会食については、原稿の締め切りが重なっているので断れたのだが)

 分かっている人には分かると思うが、この業界のフリーの連中は、みんな一匹狼である。それでいて、担当クラスについては、なんとなく連携しているものである。

 「全員一丸となって」などというのが暑苦しいからフリーになっているのであって、そういうのが好きなら「社員」のままでいただろう。



 行くしかなさそうだが、はやくも憂鬱である。遠い、力が入らん、暑苦しいの三重苦だが、最後の「暑苦しい」が一番いや。

 仕事が始まる前から憂鬱になるなんて、いまだかつてなかったことである。


 
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そんなことだから

2012/02/19 19:57
 仕事に使うために、読む気がない本が必要である。


 アマゾンで検索してもなかったり、プレミアが付いてやたら高かったりする。

 一冊ならまだしも、今回は一仕事に四冊。

 仕方がないので、堺市の図書館で借りることに。

 一冊は非売品だったので、大阪中央図書館から貸し出しということで、土曜日になるという。


 いいですよ。必要な本が全部揃ったら連絡してくださいね。


 締め切りが迫っているが、来週の日曜日(つまり今日)に馬力をかけりゃなんとかなるはず。文章添削の締め切りもあるし、日曜は頑張らないと…。

 これが2月10日の話。

 昨日は神戸の北のほうの大学で文章講座の仕事があり、添削しなくてはならん原稿を20数枚預かって帰ってきたが、北の方が「図書館から連絡があったよ」と教えてくれた。「別の図書館から借りている本もあるから、早く来てってよ。「わかっとるわい!」って言いたいほどくどかったで」


 で、今朝は開館と同時に図書館へ。


 御大層な袋に入ったのと、裸のままの本を一冊借りてきた。係員に「これで全部ですよね?」と念を押すと、「はい、袋のほうは別の図書館からの借り物ですから、絶対に期日までに返してください」とくどくど言われた。

 その場で袋の中を点検すべきだった…。

 帰ってきて、いざ仕事にかかろうとしたら、一番肝心な本がない。


 電話したら、「その本は先週予約なさいましたが、取りに来られなかったので、予約がキャンセルされていますね」と来た。

 こっちは「全部揃ったら」と念を押したはずである。


 久しぶりにぶち切れた。

 日曜白昼のマンションに余の怒鳴り声が響く。


 こんなことだから、橋下のと−るちゃんに「文化には金を出さない」なんて言われるのである。



 もう、堺市の図書館を信用するのはやめである。
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生涯現役?

2012/02/11 13:05
 毎年この時期は暇なのだが、今年はあちらこちらに「仕事くれ」とよばわったおかげで、妙に忙しい。


 京都の老舗出版社からの原稿依頼、新規の仕事に向けての原稿書きと打ち合わせ。特にこの原稿書きにえらく時間がかかっている。

 そこにもってきて免許の更新。二十三年無事故・無違反のゴールド更新である。(醇仙洞氏には悪いが)

 これの合間に東大・京大の直前講習もあるし、レギュラーの仕事も週に一日。


 で、久しぶりに講義をすると、ほとんど毎日黙りこくっている生活のせいで声が出にくいし、喉に負荷がかかるのがわかる。喉がなまくらになっているのである。

 しかし、やっぱり面白い。

 つくづく、この仕事は余の天職だと思う。

 余も、もう結構な年齢である。あと何年現役でしゃべっていられるか分からないなと、ときどき思う。

 
 でも、まだまだ…。
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区切り

2012/01/09 10:45
 今年は余にとって何かと区切りの年となる。


 十年前の三月、前職を辞してフリーランスになった。自分のスキルに価値を認めようとしない会社に見切りをつけ、同時に自分の腕前にいくらの値段が付くのかという、一種の賭けでもあった。


 当時十二歳の娘は中学に入学し、これからもっとお金が必要になると分かっていたのに、一応安定していた収入を捨ててまでフリーになっていいものか…。


 北の方は不安であったはずである。
 しかし、彼女は余の性格をよく知る。
 並みの神経の女房なら、不安で家を飛び出すか、神経を病んでいたかもしれぬ。
 なにせ、一年目はスズメの涙ほどの退職金があったとはいえ、一か月の収入は十万余りでしかなかったからである。


 あと十日ほどで、そんな北の方と一緒になって二十五年が来る。

 こんな男と辛抱強くつきあえるのは、彼女ぐらいしかおるまい。


 前職の仕事場とはフリーになってからもずっと関係を続けていたが、昨年の暮れにも書いたように、そこが大手に吸収されることになり、今年から行かなくなる。
 考えてみれば、あの仕事場にはサラリーマン時代から二十二年も通っていたことになる。
 今月に二回、来月に二回通うと、それで終わりである。
 これはこれで感慨深いものがある。

 フリーになって満十年ということは、醇仙洞氏とのお付き合いもそれぐらいになるということか?
 いや、彼と知り合った仕事場に採用されたのは二年目で、言葉を交わしたのはその年の終わりごろだったと思うから、九年か…。


 つらつら思い出してみると、このブログを始めたのが2006年の4月。もう七年も前である。
 そうすると、草人先生とも七年もお付き合いいただけている訳か…。


 ともあれ、十年を一区切りに、まだまだ酔狂はぼやきまくって吠えまくって前進いたします。

 皆様、これからも宜しくご鞭撻のほどを…。
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謹賀新年

2012/01/02 16:47
 新年明けましておめでとうございます。


 年末から飲み続けておりますので、ちょっと二日酔い気味であります。


 今年も皆様にとって


 そして、今年こそ我が日本にとって


 よい年でありますように…。
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終わった〜!

2011/12/29 14:37
 最高気温が7度なんていう毎日を、かなりハードなスケジュールでこなし、昨日終わった。


 過去の冬のロードで一番きつかったのではなかろうか?



 というわけで、皆様のブログをチェックする暇もなかった。


 草人先生は早くも仕事納めなさったようだし…。


 うちも大掃除を終えて、明日は朝から酒の購入を予定している。近くの酒屋は毎年ものすごく混むので、明日は朝早くに行かなければならない。

 今年のお酒のラインナップはどうしようかなあ…。日本酒はとても良いお酒を義弟からもらってあるから、シャンパンとウイスキーだな。


 では、みなさん、

 今年もお世話になりました。

 来る年もみなさんにとって良い年であることを祈りながら、今年はこれにて。
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Don't Be A Grinch

2011/12/17 11:18
 昨夜は醇仙洞殿と会食の一夜であった。

 待ち合わせ場所を吹きさらしのところにしてしまったので、えらく凍えてしまった。


 今回は芸者衆が何かと多忙だったので、二人きりであった。


 道頓堀の一角にあるメキシコ料理店。店員はうち一人を除いて全員メキシコ人。
 残る一人がベルギー人。

 本物のサルサソースも食えた。料理は言うことなし。
 酒はコロナビール、メキシコ産の発泡ワイン。

 ベルギー人の若者は、
 日本語の勉強しながら働いています、でも今日が最後。別の国に行きます。オーストラリア…。

 醇仙洞殿いわく、
 こういう連中って、簡単に国境を越えよるなあ…。


 二軒目は、スイスホテルのラウンジでも、と出向いたら、なんと営業していない。

 仕方がないので、何回か行ったバーにでもとエレベータへ引き返す途中、サンタクロースの帽子をかぶった西洋人の若者とすれちがった。

 ちょっと気の早いサンタがおるな。


 で、バーに到着。十席しかないカウンターだけの店には先客が二人。

 いつものようにマーティニをすすっていると、外人サンタが四人入ってきた。

 さては後をつけられたか。

 地元の人間が行くような店なら、ぼられる心配がないことをよく分かっているのだろう。

 結構わいわいと騒いで、出ていくときに店にいた全員に手作りのステッカーを配って帰った。

  Don't Be A Grinch. Santacon719

 という言葉が酔っぱらったようなサンタの絵と一緒に書かれている。

 嫌われ者になるなよ、程度の意味か…。

 二人で古事記や書紀、出雲文化圏と熊野文化圏、聖徳太子の話でおおいに盛り上がって、あっという間に十時半。

 たまには色気抜き(いても大した色気ではないが)で飲むのも楽しいですな、醇仙洞殿?
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てぶくろをかいに

2011/12/10 14:50
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 いやはや、寒い。でんちゃりで駅まで行くと、指先が痛いほどである。


 手がかじかむと、時折、子供のころに読んだ童話を思い出す。


 子ぎつねが町まで手袋を買いにゆくという話だ。可愛くて、ほのぼのした話だが、子ぎつねの霜焼けした小さな手が想像されて少し悲しい。余の弟は当時幼くて、冬になると霜焼けをこさえていた。この話を読むと、弟の小さくて真っ赤になった手が思い出された。

 小学校の低学年の国語の教科書に載っていたと思う。新美南吉の「手袋を買いに」である。

 小さくてかわいかった弟も、今や禿散らかした汚ねえ中年オヤジだが、それはそれとして…。


 あまりに手が冷たいので、余も子ぎつねにならって手袋を買った。

 余は異常なほど手が小さいから(ギターをあきらめた理由の一つである)、指先まですっぽりと覆う普通の手袋の普通サイズでは指先が余ってしまい、小銭入れから小銭を出したり、尻のポケットからPITAPAを取り出したりがうまくいかない。

 だから、フィンガーレスのものを探していたのだが、これ、というものがなかなかなかった。

 で、見つけたのがこれ。

 ロスコという、アメリカのメーカーのもので、これはSWATの正式装備品である。
 牛革製で、手のひらの部分はスウェードが貼られていて「銃のグリップが滑りにくい」らしい。
 甲と指の部分には硬質ウレタンが入っていて「危険な破片からあなたの皮膚を守る」らしい。
 さらに、フィンガーレスタイプだから「マガジン・リリースボタンや、セレクターレバーも操作しやすい」らしい。
 ただし、メイド・イン・パキスタン。

 実際使ってみると、すこぶる使いやすい。

 銃のグリップが滑らないぐらいだから、自転車のハンドルが滑るはずがない。
 革だから風も通さないから暖かい。ただし、出ている指先はキンキンに冷えるが。

 手の甲の硬質ウレタンは何かにぶつけても気づかないほど手をがっちり守ってくれる。刃物で切られても手は大丈夫なのではなかろうか。(無論、程度によるが)


 師走に入ってなにかと物騒である。
 例の歯科医の奥さんがさらわれたショッピングセンターなど、しょっちゅう行くところである。

 余もいつなんどき「オヤジ狩り」に遭うとも限らない。

 これで、暖かく、ちょっと安心か…?
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パール・ハーバーのIF

2011/12/07 15:13
 12月8日は、山本五十六率いる帝国海軍がハワイのパール・ハーバーに奇襲をかけた日である。

 当日、湾内には重巡インディアナポリスをはじめ、主だったアメリカ海軍の戦艦群が錨を降ろしていた。


 空母加賀などから発進した艦載攻撃機の水雷攻撃を受け、湾内の艦船はほとんどが撃沈、あるいは大破した。


 この大きな被害によって、アメリカ海軍は従来の「巨艦巨砲主義」を捨て、中型艦と、当日湾外に停泊していたため難を逃れた空母を中心にした編成へと変革を余儀なくされた。

 一方、開戦の最初に空母と艦載機による機動性を生かした日本は、アメリカ戦艦群を壊滅させた時点で、素人のような発想を持つ。

 「これで、わが軍の巨艦艦隊が優勢になった。制海権は握ったも同然」

 当時、日本の飛行機は世界最高の性能を持っていた。
 飛行機のエンジンは基本的に自動車と同じである。
 しかし、性能は高かったが、高性能なだけに調整が難しかった。それに、その調整を行う整備員の数は極端に少なかった。なにしろ開戦以前の日本のモータリゼーションは黎明期にすぎなかったからである。

 自動車ならエンストすれば止まるだけだが、飛行機は墜落するのである。

 一方のアメリカはすでにT型フォードで代表される自動車産業が活況を呈していた。エンジンも量産に適した構造だし、町工場で調整が簡単に行えた。つまり、あの広い国土中に整備工が養成されていたのも同然である。
 しかも、ジェネラル・モータースでは冷蔵庫をはじめとする電化製品も量産されていたので、鉄板のプレス技術も進んでいた。

 このようなマス・プロダクションの存在が、彼我の物量差を生み出したのは当然である。

 アメリカ軍は自分たちの使う武器は小はピストルから大は戦車に至るまで、合理的で徹底的に「使いやすい道具」とみなした。したがって、設計図と施設さえあれば、タイプライター製造会社やミシンの製造工場でもライフルやマシンガンを作ることができた。
 歩兵がその肩に担ぐ火器は、種類ごとに口径を統一した。
 たとえば、M1ライフル、M1903ライフル、分隊支援火器M1918ブローニング・オートマチック・ライフルは30−06口径、M1928およびM1短機関銃、M3短機関銃、M1911拳銃は45口径拳銃弾という具合に…。

 かたや、帝国陸軍においては、三十八式小銃が6.5ミリ口径、九十九式短小銃は7.7ミリ口径で、中心は九十九式だったのだが、旧型の三十八式の性能が優れていたため、開戦初期は同一部隊内でこの二種類の銃が混在していたという。

 これだけでも大変な混乱をきたすだろうと想像できるが、もともと旧軍には補給を軽視する悪弊があった。
 「輜重輸卒が兵隊ならば蝶々トンボも鳥のうち」
 という都都逸があったくらいである。

 小銃には菊花の紋章。したがって、いついかなる時も小銃は磨きこんでおかねばならない。銃は陛下からの賜りものであるとされたからだ。どの小銃も専門の職工が一丁ずつ丹念に調整を施した。しかし、いくら性能が優れているとはいえ、五連発を一発ずつ遊底(ボルト)を操作して装填しなければならない。また、故障したときのスペアパーツも生産に手間がかかり、しかも素人では簡単に組み込めなかった。たとえ組み込めても、元通りの性能を発揮するにはやはり、専門の職工の調整が欠かせなかった。
 いわば、日本軍の火器は「工芸品」であったのだ。

 アメリカ軍の武器は旧式のM1903ライフル以外はすべて発射の際のガス圧を利用したオートマチックであった。射手は引き金を引くだけであるし、装弾数も主力ライフルであるM1ライフルで8発であった。
 前述のように銃器会社以外の工場で生産されたものも多い。M3サブ・マシンガンなど、すべてが鉄板のプレスと溶接でできており、自動車のボディやヘッドライトなどの外装品を作る会社でも生産された。
 万が一故障しても、スペアはアッセンブリーになっており、簡単に交換できた。
 誰でもが簡単に扱えるし、命中精度が多少低くても弾丸を多量にばらまけるという利点があった。

 日本兵が一発の弾丸を発射して、二発目を装填する間にアメリカ側から四発程度のお返しが来る。

 南方戦線に派遣された旧軍兵士たちは、一人当たり120発の小銃弾を装備していた。それに対し、アメリカ軍は80発。ただし、日本軍は渡された弾薬だけで、追加はない。

 日本を出発した補給艦はそのほとんどが、アメリカ軍の飛行機や潜水艦に沈められてしまうからだ。空母による戦略を考え付かなかったツケである。
 制海権、制空権を握ったアメリカ軍は補給を最重視した。手持ちの80発が無くなっても、補給はどんどんやってくる。おまけに基地ではバーボンを飲みながら映画も観られた。

 弾薬はおろか、食料もなく、マラリアに感染しながら戦っていた旧軍とはえらい違いである。


 もし、12月8日に山本長官が、パール・ハーバー湾外の空母にその矛先を向けていたら…。

 それでも、当時の国力の差を考えると、きっとあの戦争には負けていただろうが、同じ負けでももっとマシな負け方をしていたかもしれない…。

 ちなみに、アメリカに在住経験のあった山本長官は、最後まで開戦に反対だったという…。
 
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ただ今冬のロード中

2011/12/03 17:34
 今週の木曜日から冬のロードに入った。


 実は、元いた職場の仕事が来期からなくなる。大手にその部門が吸収されるのである。
 これについては仕事先のエライさん(社長をはじめ)は「吸収やないで、業務提携やで」というに違いないが、外部から見れば吸収にしか見えない。あいかわらずおめでたいことである。

 ま、その他の部門からの発注もあるだろうから、声がかかるのを待つとするが、そちらのほうでも世話になっていたコーディネーター(部長職)の者が退社するという。なんでも「この会社はもうアカン」と言っているらしい。

 この「業務提携」の余波はまだ続きそうである。

 それで、御同業諸氏に「なんか仕事おまへんか?」と声をかけまくっているのだが、ありがたいことに皆さん「心当たりを…」とおっしゃってくれる。

 ああ、ありがたや、ありがたや。

 まだメインの仕事は途切れそうはないので、今すぐ路頭に迷うことはないのだが、ちと尻がむずむずする。


 ロードのほうは今秋、来週は楽チン。

 21日からの一週間はまことの地獄が待っている。

 そこを過ぎれば少し楽になる。

 夏は日程に余裕があるが冬は日程が詰まってしまうので一日の拘束時間が長くなりがちで、しかもこっちは寒さに弱いと来ている。


 夏と違って「いくぞ〜!」という感じになれないのがつらいところである。
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また、おった!

2011/11/18 15:32
 先週の土曜日、仕事が終わったのでいつものように難波から電車に乗った。ウイークエンドでも夕方六時台の電車は結構混む。


 座席に座って気を抜いていた。前の座席の一番端は若いサラリーマン風のにいちゃん。

 その隣で若いねえちゃんがスマホで電話中。ところが、この通話中の彼女、体が前後左右に揺れるのである。
 初めは踊っているのか、—スマホから聞こえる音楽か何かに反応しているのかと思ったが、どうもおかしい。

 隣のにいちゃんはにいちゃんで、自分のスマホに釘付けで(何にそんなに集中しているかは知らんが)全く気付いていない。

 ねえちゃんの反対側におばさんが座ったので、ねえちゃんは動きを止め、膝の上のカバンからペットボトルを出してお茶を一口。

 そのとき顔が見えた。どっかで会ったことがあるぞ、この顔…。

 あ〜〜!!

 夏に記事にした「信じられない!」のあの女である。

 電車の座席に座って通話しながらもう眠りかけていたのである。

 ほほほ…。これは見ものだ。

 電車が動き出す前にすでに爆睡状態。今回は思いっきり前屈のまま微動だにしない。
 いや、正確には少しずつ左隣の兄ちゃんのほうへ傾いていく。

 最初の停車駅に着いたとき、にいちゃんが自分の膝に触れそうになっている隣のねえちゃんの頭に気づく。
 ぎょっとするにいちゃん。彼女の顔を覗き込もうとしているが、うつ伏したまま動かない。

 大丈夫やで、にいちゃん。そいつ、寝てるだけやから。

 と思ったら、手に持っていたペットボトルのキャップを床に落とした。しばしあって彼女は拾おうとするが、今度は開けっ放しのボトルからお茶がじゃばじゃばと…。

 ようやく拾い上げ、ボトルと一緒にカバンに仕舞った。
 で、また前屈の体勢で寝る。余の隣では年配の女性二人が何やらささやきあっている。

 「どこか具合でも悪いのんとちゃうやろか…」

 いいえ、彼女は寝たいだけです。

 しばらくすると、カターンとスマホを落とす。
 さすがに命の次に大事なものだからすぐに気づいて必死に拾おうとする。

 おいおい、ねえちゃん、あんたが必死になって持とうとしてるの、あんたの靴のつま先や…。

 見かねた余の隣のおばさんが立ち上がって拾ってやり、「あんた、大丈夫?」と声をかけた。

 きまり悪そうにうなづいたねえちゃんは、数秒も経たないうちに再び夢の中へ。

 おばさんたちが降りた駅では、おせっかいな二人が連絡したのだろう、駅員が乗り込んできて
 「もしもし、お客さん、大丈夫ですか」と声をかけてきた。

 だから、眠たいだけだって!

 余が電車から降りるとき、彼女はゆ〜らゆ〜ら揺れながら半眼で電話をかけていた。

  モヒモフ…、フカヘニヒテ…。#$&¥%%ヤハラ。ホム、…。

 親兄弟なら何を言いたいのかわかるのだろうなあ…。

 しかし、彼女はあんなんで日常生活がちゃんとできているのだろうか?
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アルバイトの思い出 2

2011/11/16 14:30
 一浪したあと、大学生になって、高校時分から通っていた喫茶店のマスターにスカウトされ、隣町のハンバーガースタンドで少し働いた。

 なかなか面白い仕事ではあったが、音楽活動とのスケジュールが合わず、二か月余りで辞めた。

 それで選んだのが隣の駅にある大型商業施設のW楽器というレコード屋。ここも足しげく通っていた店である。

 日曜日と祭日だけのバイトだった。平日は暇だから、バイトを雇う必要がないのである。

 業務は結構忙しい。
 発注したレコードが入荷すると発注書との照合。商品カードを記入して店のビニール袋に商品と一緒に入れて棚に並べる。

 お客が探しあぐねているレコードを探し出してやり、レジを打ち、紙袋に入れて手渡す。レジの横には売上日報が置いてあるので、今売れたレコードのレコード番号と定価を記入する。
 店頭に並んでいないレコードを探しているお客に対しては、問屋に在庫確認の電話をかけ、予約発注をする。数日後に入荷したら、お客に電話をかけて引き取りに来てもらう。
 
 ヤマハの特約店でもあったので、店の奥にはギターも並べてある。ピアノも数台あった。クリスマスや年始のシーズンになると、2、3万円のフォークギターが飛ぶように売れた。店の在庫がなくなると、地下の倉庫に補充しに行く。

 普段の日曜は結構のんびりしていたが、年末年始は目の回るような忙しさであった。昼飯も食えない日があったぐらいである。

 山口百恵、ゴダイゴ、矢沢永吉、キャンディーズ…。どれもよく売れていたが、なんといってもピンクレディが筆頭だった。

 「UFO」なんて、一日に二百五十枚以上売れた。入荷の時、シングルレコードは五十枚がひと箱に入って送られてくるが、これが五箱、日曜の朝開店前に入荷チェックをして店に出すと、もう夕方には無くなってしまっていたこともあった。商品カードを入れる暇もないので、箱に入れたまま、レジの前に積んでいたのを覚えている。売上日報も「UFO」専用のものを作った。


 ここに正社員として入ってきた男性がいて、余はこの人と大学卒業後レンタルスタジオを始めることになる。


 余がこの店でバイトをしていた同じころ、すぐ近くの喫茶店で北の方がバイトをしていたのは、付き合い始めてからお互い初めて知ったのである…。
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