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酩酊庵の客人
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ぼやきの酔狂がぼやきまくる!
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区切り

2012/01/09 10:45
 今年は余にとって何かと区切りの年となる。


 十年前の三月、前職を辞してフリーランスになった。自分のスキルに価値を認めようとしない会社に見切りをつけ、同時に自分の腕前にいくらの値段が付くのかという、一種の賭けでもあった。


 当時十二歳の娘は中学に入学し、これからもっとお金が必要になると分かっていたのに、一応安定していた収入を捨ててまでフリーになっていいものか…。


 北の方は不安であったはずである。
 しかし、彼女は余の性格をよく知る。
 並みの神経の女房なら、不安で家を飛び出すか、神経を病んでいたかもしれぬ。
 なにせ、一年目はスズメの涙ほどの退職金があったとはいえ、一か月の収入は十万余りでしかなかったからである。


 あと十日ほどで、そんな北の方と一緒になって二十五年が来る。

 こんな男と辛抱強くつきあえるのは、彼女ぐらいしかおるまい。


 前職の仕事場とはフリーになってからもずっと関係を続けていたが、昨年の暮れにも書いたように、そこが大手に吸収されることになり、今年から行かなくなる。
 考えてみれば、あの仕事場にはサラリーマン時代から二十二年も通っていたことになる。
 今月に二回、来月に二回通うと、それで終わりである。
 これはこれで感慨深いものがある。

 フリーになって満十年ということは、醇仙洞氏とのお付き合いもそれぐらいになるということか?
 いや、彼と知り合った仕事場に採用されたのは二年目で、言葉を交わしたのはその年の終わりごろだったと思うから、九年か…。


 つらつら思い出してみると、このブログを始めたのが2006年の4月。もう七年も前である。
 そうすると、草人先生とも七年もお付き合いいただけている訳か…。


 ともあれ、十年を一区切りに、まだまだ酔狂はぼやきまくって吠えまくって前進いたします。

 皆様、これからも宜しくご鞭撻のほどを…。
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謹賀新年

2012/01/02 16:47
 新年明けましておめでとうございます。


 年末から飲み続けておりますので、ちょっと二日酔い気味であります。


 今年も皆様にとって


 そして、今年こそ我が日本にとって


 よい年でありますように…。
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終わった〜!

2011/12/29 14:37
 最高気温が7度なんていう毎日を、かなりハードなスケジュールでこなし、昨日終わった。


 過去の冬のロードで一番きつかったのではなかろうか?



 というわけで、皆様のブログをチェックする暇もなかった。


 草人先生は早くも仕事納めなさったようだし…。


 うちも大掃除を終えて、明日は朝から酒の購入を予定している。近くの酒屋は毎年ものすごく混むので、明日は朝早くに行かなければならない。

 今年のお酒のラインナップはどうしようかなあ…。日本酒はとても良いお酒を義弟からもらってあるから、シャンパンとウイスキーだな。


 では、みなさん、

 今年もお世話になりました。

 来る年もみなさんにとって良い年であることを祈りながら、今年はこれにて。
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Don't Be A Grinch

2011/12/17 11:18
 昨夜は醇仙洞殿と会食の一夜であった。

 待ち合わせ場所を吹きさらしのところにしてしまったので、えらく凍えてしまった。


 今回は芸者衆が何かと多忙だったので、二人きりであった。


 道頓堀の一角にあるメキシコ料理店。店員はうち一人を除いて全員メキシコ人。
 残る一人がベルギー人。

 本物のサルサソースも食えた。料理は言うことなし。
 酒はコロナビール、メキシコ産の発泡ワイン。

 ベルギー人の若者は、
 日本語の勉強しながら働いています、でも今日が最後。別の国に行きます。オーストラリア…。

 醇仙洞殿いわく、
 こういう連中って、簡単に国境を越えよるなあ…。


 二軒目は、スイスホテルのラウンジでも、と出向いたら、なんと営業していない。

 仕方がないので、何回か行ったバーにでもとエレベータへ引き返す途中、サンタクロースの帽子をかぶった西洋人の若者とすれちがった。

 ちょっと気の早いサンタがおるな。


 で、バーに到着。十席しかないカウンターだけの店には先客が二人。

 いつものようにマーティニをすすっていると、外人サンタが四人入ってきた。

 さては後をつけられたか。

 地元の人間が行くような店なら、ぼられる心配がないことをよく分かっているのだろう。

 結構わいわいと騒いで、出ていくときに店にいた全員に手作りのステッカーを配って帰った。

  Don't Be A Grinch. Santacon719

 という言葉が酔っぱらったようなサンタの絵と一緒に書かれている。

 嫌われ者になるなよ、程度の意味か…。

 二人で古事記や書紀、出雲文化圏と熊野文化圏、聖徳太子の話でおおいに盛り上がって、あっという間に十時半。

 たまには色気抜き(いても大した色気ではないが)で飲むのも楽しいですな、醇仙洞殿?
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てぶくろをかいに

2011/12/10 14:50
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 いやはや、寒い。でんちゃりで駅まで行くと、指先が痛いほどである。


 手がかじかむと、時折、子供のころに読んだ童話を思い出す。


 子ぎつねが町まで手袋を買いにゆくという話だ。可愛くて、ほのぼのした話だが、子ぎつねの霜焼けした小さな手が想像されて少し悲しい。余の弟は当時幼くて、冬になると霜焼けをこさえていた。この話を読むと、弟の小さくて真っ赤になった手が思い出された。

 小学校の低学年の国語の教科書に載っていたと思う。新美南吉の「手袋を買いに」である。

 小さくてかわいかった弟も、今や禿散らかした汚ねえ中年オヤジだが、それはそれとして…。


 あまりに手が冷たいので、余も子ぎつねにならって手袋を買った。

 余は異常なほど手が小さいから(ギターをあきらめた理由の一つである)、指先まですっぽりと覆う普通の手袋の普通サイズでは指先が余ってしまい、小銭入れから小銭を出したり、尻のポケットからPITAPAを取り出したりがうまくいかない。

 だから、フィンガーレスのものを探していたのだが、これ、というものがなかなかなかった。

 で、見つけたのがこれ。

 ロスコという、アメリカのメーカーのもので、これはSWATの正式装備品である。
 牛革製で、手のひらの部分はスウェードが貼られていて「銃のグリップが滑りにくい」らしい。
 甲と指の部分には硬質ウレタンが入っていて「危険な破片からあなたの皮膚を守る」らしい。
 さらに、フィンガーレスタイプだから「マガジン・リリースボタンや、セレクターレバーも操作しやすい」らしい。
 ただし、メイド・イン・パキスタン。

 実際使ってみると、すこぶる使いやすい。

 銃のグリップが滑らないぐらいだから、自転車のハンドルが滑るはずがない。
 革だから風も通さないから暖かい。ただし、出ている指先はキンキンに冷えるが。

 手の甲の硬質ウレタンは何かにぶつけても気づかないほど手をがっちり守ってくれる。刃物で切られても手は大丈夫なのではなかろうか。(無論、程度によるが)


 師走に入ってなにかと物騒である。
 例の歯科医の奥さんがさらわれたショッピングセンターなど、しょっちゅう行くところである。

 余もいつなんどき「オヤジ狩り」に遭うとも限らない。

 これで、暖かく、ちょっと安心か…?
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パール・ハーバーのIF

2011/12/07 15:13
 12月8日は、山本五十六率いる帝国海軍がハワイのパール・ハーバーに奇襲をかけた日である。

 当日、湾内には重巡インディアナポリスをはじめ、主だったアメリカ海軍の戦艦群が錨を降ろしていた。


 空母加賀などから発進した艦載攻撃機の水雷攻撃を受け、湾内の艦船はほとんどが撃沈、あるいは大破した。


 この大きな被害によって、アメリカ海軍は従来の「巨艦巨砲主義」を捨て、中型艦と、当日湾外に停泊していたため難を逃れた空母を中心にした編成へと変革を余儀なくされた。

 一方、開戦の最初に空母と艦載機による機動性を生かした日本は、アメリカ戦艦群を壊滅させた時点で、素人のような発想を持つ。

 「これで、わが軍の巨艦艦隊が優勢になった。制海権は握ったも同然」

 当時、日本の飛行機は世界最高の性能を持っていた。
 飛行機のエンジンは基本的に自動車と同じである。
 しかし、性能は高かったが、高性能なだけに調整が難しかった。それに、その調整を行う整備員の数は極端に少なかった。なにしろ開戦以前の日本のモータリゼーションは黎明期にすぎなかったからである。

 自動車ならエンストすれば止まるだけだが、飛行機は墜落するのである。

 一方のアメリカはすでにT型フォードで代表される自動車産業が活況を呈していた。エンジンも量産に適した構造だし、町工場で調整が簡単に行えた。つまり、あの広い国土中に整備工が養成されていたのも同然である。
 しかも、ジェネラル・モータースでは冷蔵庫をはじめとする電化製品も量産されていたので、鉄板のプレス技術も進んでいた。

 このようなマス・プロダクションの存在が、彼我の物量差を生み出したのは当然である。

 アメリカ軍は自分たちの使う武器は小はピストルから大は戦車に至るまで、合理的で徹底的に「使いやすい道具」とみなした。したがって、設計図と施設さえあれば、タイプライター製造会社やミシンの製造工場でもライフルやマシンガンを作ることができた。
 歩兵がその肩に担ぐ火器は、種類ごとに口径を統一した。
 たとえば、M1ライフル、M1903ライフル、分隊支援火器M1918ブローニング・オートマチック・ライフルは30−06口径、M1928およびM1短機関銃、M3短機関銃、M1911拳銃は45口径拳銃弾という具合に…。

 かたや、帝国陸軍においては、三十八式小銃が6.5ミリ口径、九十九式短小銃は7.7ミリ口径で、中心は九十九式だったのだが、旧型の三十八式の性能が優れていたため、開戦初期は同一部隊内でこの二種類の銃が混在していたという。

 これだけでも大変な混乱をきたすだろうと想像できるが、もともと旧軍には補給を軽視する悪弊があった。
 「輜重輸卒が兵隊ならば蝶々トンボも鳥のうち」
 という都都逸があったくらいである。

 小銃には菊花の紋章。したがって、いついかなる時も小銃は磨きこんでおかねばならない。銃は陛下からの賜りものであるとされたからだ。どの小銃も専門の職工が一丁ずつ丹念に調整を施した。しかし、いくら性能が優れているとはいえ、五連発を一発ずつ遊底(ボルト)を操作して装填しなければならない。また、故障したときのスペアパーツも生産に手間がかかり、しかも素人では簡単に組み込めなかった。たとえ組み込めても、元通りの性能を発揮するにはやはり、専門の職工の調整が欠かせなかった。
 いわば、日本軍の火器は「工芸品」であったのだ。

 アメリカ軍の武器は旧式のM1903ライフル以外はすべて発射の際のガス圧を利用したオートマチックであった。射手は引き金を引くだけであるし、装弾数も主力ライフルであるM1ライフルで8発であった。
 前述のように銃器会社以外の工場で生産されたものも多い。M3サブ・マシンガンなど、すべてが鉄板のプレスと溶接でできており、自動車のボディやヘッドライトなどの外装品を作る会社でも生産された。
 万が一故障しても、スペアはアッセンブリーになっており、簡単に交換できた。
 誰でもが簡単に扱えるし、命中精度が多少低くても弾丸を多量にばらまけるという利点があった。

 日本兵が一発の弾丸を発射して、二発目を装填する間にアメリカ側から四発程度のお返しが来る。

 南方戦線に派遣された旧軍兵士たちは、一人当たり120発の小銃弾を装備していた。それに対し、アメリカ軍は80発。ただし、日本軍は渡された弾薬だけで、追加はない。

 日本を出発した補給艦はそのほとんどが、アメリカ軍の飛行機や潜水艦に沈められてしまうからだ。空母による戦略を考え付かなかったツケである。
 制海権、制空権を握ったアメリカ軍は補給を最重視した。手持ちの80発が無くなっても、補給はどんどんやってくる。おまけに基地ではバーボンを飲みながら映画も観られた。

 弾薬はおろか、食料もなく、マラリアに感染しながら戦っていた旧軍とはえらい違いである。


 もし、12月8日に山本長官が、パール・ハーバー湾外の空母にその矛先を向けていたら…。

 それでも、当時の国力の差を考えると、きっとあの戦争には負けていただろうが、同じ負けでももっとマシな負け方をしていたかもしれない…。

 ちなみに、アメリカに在住経験のあった山本長官は、最後まで開戦に反対だったという…。
 
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ただ今冬のロード中

2011/12/03 17:34
 今週の木曜日から冬のロードに入った。


 実は、元いた職場の仕事が来期からなくなる。大手にその部門が吸収されるのである。
 これについては仕事先のエライさん(社長をはじめ)は「吸収やないで、業務提携やで」というに違いないが、外部から見れば吸収にしか見えない。あいかわらずおめでたいことである。

 ま、その他の部門からの発注もあるだろうから、声がかかるのを待つとするが、そちらのほうでも世話になっていたコーディネーター(部長職)の者が退社するという。なんでも「この会社はもうアカン」と言っているらしい。

 この「業務提携」の余波はまだ続きそうである。

 それで、御同業諸氏に「なんか仕事おまへんか?」と声をかけまくっているのだが、ありがたいことに皆さん「心当たりを…」とおっしゃってくれる。

 ああ、ありがたや、ありがたや。

 まだメインの仕事は途切れそうはないので、今すぐ路頭に迷うことはないのだが、ちと尻がむずむずする。


 ロードのほうは今秋、来週は楽チン。

 21日からの一週間はまことの地獄が待っている。

 そこを過ぎれば少し楽になる。

 夏は日程に余裕があるが冬は日程が詰まってしまうので一日の拘束時間が長くなりがちで、しかもこっちは寒さに弱いと来ている。


 夏と違って「いくぞ〜!」という感じになれないのがつらいところである。
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また、おった!

2011/11/18 15:32
 先週の土曜日、仕事が終わったのでいつものように難波から電車に乗った。ウイークエンドでも夕方六時台の電車は結構混む。


 座席に座って気を抜いていた。前の座席の一番端は若いサラリーマン風のにいちゃん。

 その隣で若いねえちゃんがスマホで電話中。ところが、この通話中の彼女、体が前後左右に揺れるのである。
 初めは踊っているのか、—スマホから聞こえる音楽か何かに反応しているのかと思ったが、どうもおかしい。

 隣のにいちゃんはにいちゃんで、自分のスマホに釘付けで(何にそんなに集中しているかは知らんが)全く気付いていない。

 ねえちゃんの反対側におばさんが座ったので、ねえちゃんは動きを止め、膝の上のカバンからペットボトルを出してお茶を一口。

 そのとき顔が見えた。どっかで会ったことがあるぞ、この顔…。

 あ〜〜!!

 夏に記事にした「信じられない!」のあの女である。

 電車の座席に座って通話しながらもう眠りかけていたのである。

 ほほほ…。これは見ものだ。

 電車が動き出す前にすでに爆睡状態。今回は思いっきり前屈のまま微動だにしない。
 いや、正確には少しずつ左隣の兄ちゃんのほうへ傾いていく。

 最初の停車駅に着いたとき、にいちゃんが自分の膝に触れそうになっている隣のねえちゃんの頭に気づく。
 ぎょっとするにいちゃん。彼女の顔を覗き込もうとしているが、うつ伏したまま動かない。

 大丈夫やで、にいちゃん。そいつ、寝てるだけやから。

 と思ったら、手に持っていたペットボトルのキャップを床に落とした。しばしあって彼女は拾おうとするが、今度は開けっ放しのボトルからお茶がじゃばじゃばと…。

 ようやく拾い上げ、ボトルと一緒にカバンに仕舞った。
 で、また前屈の体勢で寝る。余の隣では年配の女性二人が何やらささやきあっている。

 「どこか具合でも悪いのんとちゃうやろか…」

 いいえ、彼女は寝たいだけです。

 しばらくすると、カターンとスマホを落とす。
 さすがに命の次に大事なものだからすぐに気づいて必死に拾おうとする。

 おいおい、ねえちゃん、あんたが必死になって持とうとしてるの、あんたの靴のつま先や…。

 見かねた余の隣のおばさんが立ち上がって拾ってやり、「あんた、大丈夫?」と声をかけた。

 きまり悪そうにうなづいたねえちゃんは、数秒も経たないうちに再び夢の中へ。

 おばさんたちが降りた駅では、おせっかいな二人が連絡したのだろう、駅員が乗り込んできて
 「もしもし、お客さん、大丈夫ですか」と声をかけてきた。

 だから、眠たいだけだって!

 余が電車から降りるとき、彼女はゆ〜らゆ〜ら揺れながら半眼で電話をかけていた。

  モヒモフ…、フカヘニヒテ…。#$&¥%%ヤハラ。ホム、…。

 親兄弟なら何を言いたいのかわかるのだろうなあ…。

 しかし、彼女はあんなんで日常生活がちゃんとできているのだろうか?
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アルバイトの思い出 2

2011/11/16 14:30
 一浪したあと、大学生になって、高校時分から通っていた喫茶店のマスターにスカウトされ、隣町のハンバーガースタンドで少し働いた。

 なかなか面白い仕事ではあったが、音楽活動とのスケジュールが合わず、二か月余りで辞めた。

 それで選んだのが隣の駅にある大型商業施設のW楽器というレコード屋。ここも足しげく通っていた店である。

 日曜日と祭日だけのバイトだった。平日は暇だから、バイトを雇う必要がないのである。

 業務は結構忙しい。
 発注したレコードが入荷すると発注書との照合。商品カードを記入して店のビニール袋に商品と一緒に入れて棚に並べる。

 お客が探しあぐねているレコードを探し出してやり、レジを打ち、紙袋に入れて手渡す。レジの横には売上日報が置いてあるので、今売れたレコードのレコード番号と定価を記入する。
 店頭に並んでいないレコードを探しているお客に対しては、問屋に在庫確認の電話をかけ、予約発注をする。数日後に入荷したら、お客に電話をかけて引き取りに来てもらう。
 
 ヤマハの特約店でもあったので、店の奥にはギターも並べてある。ピアノも数台あった。クリスマスや年始のシーズンになると、2、3万円のフォークギターが飛ぶように売れた。店の在庫がなくなると、地下の倉庫に補充しに行く。

 普段の日曜は結構のんびりしていたが、年末年始は目の回るような忙しさであった。昼飯も食えない日があったぐらいである。

 山口百恵、ゴダイゴ、矢沢永吉、キャンディーズ…。どれもよく売れていたが、なんといってもピンクレディが筆頭だった。

 「UFO」なんて、一日に二百五十枚以上売れた。入荷の時、シングルレコードは五十枚がひと箱に入って送られてくるが、これが五箱、日曜の朝開店前に入荷チェックをして店に出すと、もう夕方には無くなってしまっていたこともあった。商品カードを入れる暇もないので、箱に入れたまま、レジの前に積んでいたのを覚えている。売上日報も「UFO」専用のものを作った。


 ここに正社員として入ってきた男性がいて、余はこの人と大学卒業後レンタルスタジオを始めることになる。


 余がこの店でバイトをしていた同じころ、すぐ近くの喫茶店で北の方がバイトをしていたのは、付き合い始めてからお互い初めて知ったのである…。
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アルバイトの思い出 1

2011/11/11 09:59
 高校生の時分は、夏休みになるとTデパートでアルバイトをした。時給ではなく、日給であった。

 老け顔だったので、大学生だと偽って仕事をしていたが、それでも日給は確か2150円だったと思う。時給に直すと300円ちょっと。

 高2の時の地下食料品売り場でのバイトは面白くなかったが、高3の夏に一か月やったおもちゃ売り場のそれは大変面白くて、記憶に鮮明に残っている。仕事終わりにバイト仲間の大学生に連れられてパブに飲みに行ったり、売り場の正社員のお姉さん達に食事をごちそうしてもらったりが楽しかったのである。


 そのころ余は、なぜだかは忘れたがニーチェに凝っていて「ツラトゥストラはかく語りき」を読んでいるところだった。
 当たり前だが、高校生—しかも落ちこぼれがそんな難解な本を読んでも意味がわかろうはずもなく、それでもむきになってむやみに読み返していた。
 バイト先にも持っていき、休憩時間に読んでいた。文庫本である。
 あるとき、いつものように大学生たちに食事に連れて行ってもらったが、テーブルの上にこの本を置いていたら、当時D大学の三回生だったKさんに「君、その本いつも読んでるなあ。ぼろぼろになってるけど、何の本や?」と尋ねられた。
 「ツラトゥストラはかく語りき」っていうねんけど、いっこも解らんねん。
 と正直に答えると、
 どえらいもん読んでるな。君、大物になるかもしれんで。
 と変に感心されてしまった。

 Kさんの予言は見事に外れた。いまだ小物である。

 この本は、なんとまだ余の本棚の奥にある。
 ときどきほかの本を探していてぼろぼろになった背表紙に目が留まると、Kさんの声がよみがえり、余を苦笑させる。
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チリコ

2011/11/05 10:38
 余が大学で勉学に励んでいたころ(嘘つけ!)、友人が変わったアルバイトをしていて、少しだけ手伝ったことがある。

 軽四トラックに乗って、ゆっくりと町内を流しながらカセットテープをかける。


 「ご町内のみなさま、毎度おなじみの○○商店です。御不用の古新聞、古雑誌、段ボールなどございましたら、お気軽にお声をお掛けください。こちらから取りにうかがいます」



 おばさんが手招きしている。ビニール紐で束ねられた古新聞を秤に掛け、重さに応じてトイレットペーパーを一個か二個渡す。

 しかし、トイレットペーパーを渡していたのは最初だけで、じきに現金になったと記憶している。一キロあたり五円だったような…。

 荷台が一杯になったら、○○商店に戻る。360ccの軽トラは気息奄々である。店では車ごと乗せられる秤で重さを計る。ここで、キロ当たり七円で買い取ってくれる。
 積み込むときは一軒に付き多くて十キロ程度だが、降ろすのが大変である。軽トラのキャビンの屋根の高さを超えて積み込んであるから、足場が確保しにくく重労働であった。(無論、法令違反である)

 一日中走り回って多い時で三千円くらいの稼ぎ。ここからガソリン代が自腹で出てゆくし、もし事故を起こせば車は弁償しなければならない。

 いくら大阪府の時給の最低基準が330円の時代だったからと言っても、あまり効率がいいとはいえない。

 で、友人は店に何軒かから回収し終えたら、バケツ一杯の水をもらって荷物にぶっかけていた。

 これを繰り返すと店に戻った時荷物が水を含んで重くなるからだ。



 時は流れて、いつのまにかこれが姿を消した。今や、古紙回収は大規模集約型になった。自治会単位で毎月一度、ドカッと集められている。換金率も桁違いに安い。そうやって集めた古紙を再生して紙を作るより、輸入パルプで新しい紙を作るほうが断然安くつくからだ。古紙から印刷インクなどを除去する手間にお金がかかるからだろう。


 今も休日の昼下がりに同じような車が数台、やってくる。

 ただし、スピーカーからは、

 「みなさまのお宅で御不用のカラーテレビ、クーラー、洗濯機、パソコン、スクーター、編み機、冷蔵庫、などがございましたら、無料で引き取ります」

 というアナウンスが流れている…。

 
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不思議なおっさん

2011/11/04 17:39
 余の車の担当セールスマンは、あの事件以来S君から二代変わった。

 今の担当はD君という。


 前の二人に比べるとなじみが薄い。

 電話もDMも点検時期など特に何かがなければ来ない。

 それでも点検時期には「いつにしましょうか?」という電話がかかってくる。

 これがなんともタイミングが悪く、いつも余がばたばたしている時なのである。


 今年の初めも例の添削作業の真っ最中で、「悪い、締め切りの迫ってる原稿を仕上げなきゃならんので、車を取りに来てくれないか」となった。

 当日は雪が積もった日だったが、彼は慎重に車を取りに来て、また慎重に持ってきてくれた。

 一か月ほど前、再び点検時期になった。今回は暇だったので、金曜日の午前中に車を持ち込んだ。

 作業を待つ間、彼と少し話した。

 「あの、酔狂さんはどういうお仕事をなさってるのですか?」


 自宅に平日の昼間にいて、服装がベリーカジュアルなので不思議だったのだろう。

 隠す必要もないので正直に伝えると、

 「ああ、そうなんですか。僕はてっきり漫画家か小説家かと思ってましたよ」



 いろんな人にいろんな仕事を疑われたが、漫画家は初めてである。


 漫画家ね〜…。

 確かに漫画のような日常ではあるな。
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ヤバい所はヤバい

2011/10/22 10:54
 明日もお仕事。

 明後日は馬鹿娘が友人たちと台湾へ行く。三泊四日の旅だそうである。


 だいたい、海外旅行に初めて行くのなら、定番のハワイやらグアムではないのか?

 どうも海外旅行慣れしている友達がいるらしい。

 卒業旅行もバリ島らしいし…。インドネシアというのは彼女が専攻していたイスラーム文化の影響なのだが。


 海外旅行慣れしている人が付いていれば安心かとも思うが、比較的安全なハワイでもヤバい所はヤバい。

 醇仙洞姚酔先生のように旅行慣れしている人が選ぶ場所はかなりヤバい。しかし、かの仁はタイミングがいいのか、ヤバい場面には遭遇なさらない。

 神の国ギリシャでは移動に苦労なさったみたいだが、今行っていたら間違いなくデモに巻き込まれてボコボコにされているだろうし、今年の震災のときに旅行されていたモロッコでも立ち寄ったカフェで、爆破テロが帰国後間もなく起きている。


 要はタイミングということか。

 余は、ハワイで入ったショッピングセンターのトイレで、危うくぶつかりかけた制服警官に銃を抜きかけられた経験を持つ。巨漢の警官の右手はすでにグリップを掴んでいた。薄暗い通路から急に現れた余に驚いたのだろう。

 「ハハハー、ごめん、ごめん」と余の肩をぽんと叩いて行き過ぎたが、びっくりした。


 やはり、日本は安全ですな。
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でんちゃり

2011/10/17 09:30
 駅までが遠い。

 丘の上にある我が家から坂道を下り、下りきったら再び丘の上にある駅まで坂道を上る。余がターボを利かせて歩くと片道十五分。馬鹿娘がたらたら歩くと二十五分。

 で、ついつい車で駅まで行って駅前のパーキングに駐車する。五時間以上停めると、一律1250円である。

 高くつくので、先月は定期券を買った。一か月間、平日のみ利用できて11300円。パーキングを利用するのは週三回なので、一回ずつ料金を支払うよりは安くつく。

 これでええか、と思っていたら、北の方に「ローンで自転車買ったら?毎月それだけ払うなら、結構なもの買えるんとちゃう?」と指摘された。

 ごもっとも!

 実は、去年の今頃、馬鹿娘が通学やバイトのために駅まで通うために一台買ったのである。

 坂がきついので電動アシスト自転車である。ただし、彼女の好みで選んだので可愛らしいデザインで、しかも色がピンクである。これに余が乗るのは少し気恥ずかしいし、乗っている姿が異様である。

 たまに借りようとすると、彼女のスケジュールと合わなかったりする。


 そういうわけで、先週の日曜日に自転車屋さんに予約を入れて、昨日受け取ってきた。


 こいつで明日から駅まで通うぞ〜。
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贅沢してしもた

2011/10/03 12:45
 昨日、北の方と京都へ行ってきた。


 目的は三条高倉にある京都文化博物館で開催されている「ニューオーリンズ ギッター・コレクション展」である。


 先月、電車の中吊り広告で知ったのだが、期日が10月16日までだったので、万端繰り合わせて昨日行くことにしたのである。


 阪急烏丸で降りて四条通りから東洞院を北へ。高倉通りは道幅が狭いから敬遠。


 特別展は宗達、若冲、蕪村、大雅、文晁など錚々たる文人たちの作品。


 見たかったのは雲水さんたちが托鉢に出かけてまた帰ってくる場面を左右に描き分けてある絵。


 一人の行動をカメラの連写のように表現したものにも見える。また、雲水さんの顔がとぼけていて面白い。

 讃には「雲水が托鉢に出かける。厳しい行脚だというが、近くの村に行って夕方帰ってくるだけじゃないのか?」という意味の漢詩が…。強烈な皮肉。


 江戸の浮世絵も何枚かあった。

 美人画の前で、二人の女性が「これが典型的な美人?みんなおんなじ顔よね」「だって、今のアイドルもみんな同じような顔してるじゃない?」「そっかー、そうよね」などという会話を交わしている。ふと彼女らの顔を見た。

 あんたらが言わんほうがええで…。


 一時間あまり鑑賞して、時間的にもいいころあい。

 烏丸通りに出て、南下。


 いつもの仕事場を横目に見ながら錦小路まで。

 あるビルの地下に「京懐石 美濃吉」の出店がある。ここを事前に予約しておいたのである。

 「美濃吉」は大阪の心斎橋や上本町、天満にもあるし、本店「竹茂楼」直営支店も梅田にある。

 比較的リーズナブルでちゃんとした旨いものを食わせてくれるし、まず、「やめときゃよかった」となる恐れがないのが分かっているから安心である。

 実は八月の末に奈良の国立博物館で「玄奘三蔵展」を見たときに入った、博物館正面にある料理屋がとんでもなくひどかったので、今回は冒険を避けたのである。

 ま、京都では「え〜!この味でこの値段かよ、ふざけんなよ」というような経験はあまりしなくて済むのであるが、それにしても、観光地として奈良が京都に勝てないのはこの辺が原因かとしみじみ思った次第。
(南都に旨いものなし、とはよく言ったものである)


 さて、料理は「松茸御膳」。ちゃんと一品ずつ運んできてくれる。
 大変旨かった。
 松茸様は地場ものがまだ旬ではないので、中国産だということだが、いや、なに、それでも十分である。
 水菜とのおひたし、鯛と生湯葉の造り、名残りの鱧との土瓶蒸し、てんぷら、薄あげとの釜飯・・・。

 小座敷に二人きりで一時間以上かけてゆっくりと堪能した。(室料別料金!)

 お代は余の普段の食生活から見て「これが昼飯か!」と言いたくなるぐらいかかったが、満足できた。


 しかし、贅沢してしもたなあ。


 
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頼むわ…

2011/09/28 15:21
 今年の夏は節電、節電とうるさかったが、特に電鉄会社のそれは骨身にこたえた。

 よく利用する南海、阪急の車内は駅を出たらすぐ消灯。

 のみならず、冷房の温度が高い。

 阪急京都線の特急で居眠りして目を覚ますと、寝汗をかいている始末。
 南海高野線や地下鉄では「余を蒸し殺すか」と思うほど。

 駅のエスカレーターは昼間は停止。

 サービス低下もはなはだしいが、ちょっと待てよ。

 節電のおかげで浮いたコストはどうなった?

 サービスの質を落としておいて、それがユーザーに還元されないなんて商売が許されていいのか?


 

 復興財源でまたもや真っ先に狙い撃ちされたのがタバコ。

 ま、一箱40円が復興に回されるなら、それはやぶさかではないが、そういう「優良納税者」が鬼畜扱いされているのはどういうことか?

 復興財源確保のために「どんどん吸ってね〜」というのなら、この嫌煙ファッショをなんとかしろ!
 いっそのこと、政府はヘビースモーカーに「復興に身を削って尽くす優良納税者」を示すバッジでも配って、それを示す限り、いついかなるところでも喫煙可能にしたらどうだと言いたい。


 そんでもって、彼らがうっかり捨ててしまった吸殻は、「福島の松には放射能」「福島の花火には放射能」などとあほんだらなことでクレームを付けたがる「一般市民」や、喫煙者を不当に差別したがる輩がボランティアとなって拾いまくるってのはどうか?



 大臣のポストばっかり沢山作って、出てくる案がこれかいな…。


 幕末の長州人、大村益次郎はうまいことを言った。

 「愚かな役人が大勢集まって談義をしても何も決まらぬ。湯茶の費えが増え、厠に小便が溜まるだけだ」


 頼むわ…。
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これでいいのだ?

2011/09/24 09:07
 今月中は金曜日が休み。だから、仕事先から依頼された計二回の「日曜出勤」も引き受けた。先週の18日が一回目。ところが、これが結構きつかったので、水曜日の「台風休み」は助かった。

 昨日は思い立ってDVDを買い求めに行った。


 じっくり選んで「ダイ・ハード4.0」、「ブラック・ホーク・ダウン」、「プライベート・ライアン」の三枚。

 またもや、ものすごく偏ったチョイスである。


 でも、これで3000円は安い!

 「ダイ・ハード」はあと「3」を買えば、全部そろう。余はジョン・マクレーンの大ファンなのである。

 「プライベート・ライアン」は何度観てもいい映画だと思う。

 「ブラック・ホーク・ダウン」の監督がリドリー・スコットだと初めて知った。



 最近、とんと映画館で映画を観ることがなくなった。歩いて五分のところに映画館があるにもかかわらず、である。


 どんな話題作でも下手をすると数か月でDVDになる。さらに、何年かで激安になる。


 音楽のダウンロードもそうだが、こういうシステムって正解なのだろうか?


 どうも、本来の「楽しみ方」からはずれているような気がしてならない。

 「激安DVD」を買っておいてこんなことを言うのも何だが、システムそのものが業界の首を絞めていないのだろうか。


 価値観の多様化と言ってしまえばそれまでなのだが…。
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おろ?

2011/09/21 08:19
 台風が接近している。


 今日は難波で仕事なのだが、昨日確認したら、「暴風警報が発令されていても、休みとはかぎりません。当社のHPで確認してください。午前七時の段階で更新しますから」とのこと。


 七時と言えばこっちは家を出ようかという時間。


 で、今朝七時にHPにアクセス。ところが、更新されていない。


 何度か試みたが結果は同じ。(ここまで読んで、はは〜んと気づいた人は偉い)


 しかたがないので、駅に。電車の時間もあるので急いで改札を抜け、ホームに着いてから携帯で仕事先にかけてみた。



 「え?本日は休講でございますよ」

 「おろ?HP、更新されてないで」

 「ああ、先生、ページ更新なさってください」


 なんやねん、ページ更新って…。


 改札に戻り、PITAPAの記録を取り消してもらってすごすご家まで帰ってきた。


 仕事は後日振替。十一月か十二月になるのではないだろうか。

 というわけで、今日はぽこっとお休み。


 ちと疲れ気味なのでちょうどよかった。


 ゆっくりさせてもらいます。
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覚えやすい

2011/09/14 14:12
 仕事の合間に食事をする。

 今年は火曜、水曜、木曜の三日間は基本的に昼食を外で食う。

 食事以外にもコーヒーを飲んだり、たまにはCDなどを買うこともある。

 で、初めて行った店でも気に入ったら再び、三度行くことになる。


 すると、どの店でもたいがい三回目には
 「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」
 と店の人に挨拶される。


 そんな再々来ているわけではないような店でも、である。


 単なるマニュアル的挨拶ではないのかと言われそうだが、どうもそんな感じがしない。
 いかにも、「この人、しょっちゅう来てくれるなあ」という言い方なのである。


 ということは、余の顔はかなり覚えやすい顔なのではなかろうか?


 それとも、覚えやすい食い方でもしているのだろうか?

 う〜ん…。わからん。なんでやろ?


 
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いつのまにか

2011/09/11 16:54
 あと一か月たつと、親父の命日がめぐってくる。

 仏壇の写真は亡くなる前年に勤め先の慰安旅行で撮ったものだ。

 親父は七月が誕生日なので、亡くなったのは数えで五十四ということになる。余は、いつの間にか親父が亡くなった年齢に追い付いてしまった。

 

 なにやら感慨深い…。
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